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国会活動2006年
2006年11月27日(月)
教育基本法に関する特別委員会
教育基本法案、日本国教育基本法案、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の審査
[PDF・51KB]
神本美恵子参議院議員(以下、神本議員)
神本議員
神本議員
おはようございます。民主党・新緑風会の神本美恵子でございます。

先日、ちょっと30分で、途中で切れてしまいましたので、続けて、いじめ問題を中心に今日は質疑をさせていただこうと思っております。

昨日の新聞記事で、いじめ問題について、補正予算を組んで緊急実態調査や相談員の拡充に取り組むということが報じられておりました。緊急策を早急に講ずべきだということは私も強調しておりましたので、こういう形で補正予算を組んでやるということは大変いいことだと思っております。

ただ、その中で言われております実態調査のやり方とか、それから相談員の配置の仕方については、これから恐らく検討して予算を組まれると思うんですけれども、そういうのを組むに当たって、本当に有効なものになる、実効性のあるものにならなければ、予算も無駄になってしまいますし、何よりもいじめ問題を解決していくということにつながらないという意味で、これまでの文科省の文部行政、文科行政がいじめ問題についてやってきたことの、特に、1980年代の半ばごろと、それから95年前後ですね、二度いじめ自殺のピークがありましたけれども、その都度、文科省は通知を発して、各都道府県教委や学校現場、地教委、現場へ指導をされてきたんですね、指導の徹底ということで。私いただいた分でこんなに分厚いものがあるんですが、出された分だけでですね。

しかし、事態は改善されなくて、やはり繰り返しているということがあると思います。文部行政だけに責任があるということを言いたいのではありません。こういうふうに指導通知を出して、そして各学校や教育委員会で様々な取組がされてきたはずである。それが、どこがうまくいってどこが足りなかったからまたこういうことが繰り返されているのかという、その総括といいますか反省といいますかはどのようにされてきたのか。

私は、反省すべき点はそれぞれの場で反省しなければいけない。そういう意味で、文部科学省として、これまで二度三度通知を出して、このピークに対して緊急対応なり学校での長期的な取組ということを促してこられたんですけれども、それでも繰り返しているということで、私は、責任の一端として、文部科学行政として、このいじめ問題の、やはり自殺を防げなかったということについての反省を是非お聞きしたいと思います。
伊吹文明・文部科学大臣(以下、伊吹大臣)
伊吹大臣
伊吹大臣
まず、いろいろ、社会問題になった都度それなりの努力をしていたと思いますし、先生も学校現場で教諭をしておられたと思いますが、参議院の文部科学委員会でしたと思いますが、水岡先生が御質問になったときに、御自分のやはり教壇に立っていたときの御経験をおっしゃって、自分がこういうことがあったということのお話を私は大変感銘深く伺いました。

実は、自殺とかって数字に出てくるとマスコミは大報道して、そして、だれがけしからぬ、これがけしからぬという話になりますが、実は、学校現場の先生方も大変な御努力をなさっているから、表に出ていない、うまく収められたことが一杯あるということはまず御理解をしていただきたいと思うんですね。

文部科学行政もやっぱりその一部は果たしていたということを理解した上で、私が反省点として、後で、私が参りましたのはこの9月でございますから、私が批判をするということになると、後講釈では何でも言えるよと、結果だけ見てなら何でも言えるよという非難を私は受けると思いますが、あえて御質問ということでお答えをすれば、一つは、これは再三ここで議論になっているように、教育行政について文部科学省がどこまで学校現場に立ち入れるかということの裏にあるようなことですが、出していただいた数字をやはりそのまま足し算をして公表していたという事実。それからもう一つは、いじめが少ない学校がいいんだという指導にとかく偏りがちであったために、自分を良く見せたいという学校管理者あるいは教育委員会あるいは教師そのものが、どうしてもやはりそのことを表に出したくないという雰囲気を助長してしまった指導があったんではないかなと。しかし同時に、各教育委員会の担当者に再三来ていただいて、こういう形で収められたよと、こういう連絡があってこういうことをすればうまくいったという成功事例もたくさんお示ししているんですね。

ですから、学校現場の先生方も私、先ほど学校の先生方だけを責めることは一呼吸置いていただきたいということを申し上げたように、みんなが努力をしているんだということは確認をした上で他人を責めるということを始めた方が私は建設的じゃないかと思います。
神本議員
私も冒頭言いましたように、文科省を責めるためではなくて、これからの取組が本当に実効あるものになるためにこそ、どこが足りなかったのか、どこが間違っていたのかということを含めて、反省をそれぞれがやらなきゃいけないという意味で今申し上げたんです。

それで、今大臣おっしゃったように、一つは数字でいじめを見てきたというところの問題点というのは非常に大きいと思います。これは、これから実態調査をやり直すというときに十分検討されると思いますが、是非私は今日は、もう私も学校現場を離れて10年ほどたっていますので、そうなると随分やっぱり学校も子どもたちの生活背景も子ども自身もいろんな意味で環境が変わっていますので、実態を十分に私自身が把握できていないところがあるのではないかと思って、この休会中の3か月間、全国の学校を回ったり、先生方のお話聞いたり、校長先生のお話聞いたりしてきました。今回のこの自殺が連鎖して起きているという事態で、直接今学校でやっている先生のお話も最近聞かせていただきました。今日はその辺を是非、ほんの一部だと思いますけれども、全国に共通する課題ももしかしたらあるかもしれないという意味で、御紹介しながら質問させていただきたいと思います。

その前に、11月16日付けに、南日本新聞ですかね、のコラムに、ああこういうことになっているんだという記事があったんで、ちょっと御紹介しますが、あるベテランの小学校の先生から聞いた話ということで紹介されていました。

皆さん、と呼び掛けても全く自分のことと思わぬ子どもが増えてきている。○○君と個人名で呼ばないと反応しない。自分のことだけを見てほしいという子どもが年々多くなっているのだという。家庭崩壊や生活苦。親子のゆったりしたコミュニケーションが失われ、子どもたちは満たされぬ寂しさをかばんに詰めて学校に通っている。子ども一人一人の暮らしの文脈が分からないと、教室の言動も理解できない。学校はそんな難しい時代になっている。地域社会の崩壊で、社会性を育ててきた子ども集団も失われている。

学校がこんな難しい時代になっているということの認識を、行政に携わっている大臣も含めてですけれども、これまで文部科学行政に携わってこられている人たちがどれぐらい認識されているのかということをここでお聞きしてもいいでしょうか。というか、やっぱり現場で今やっている先生、私と同い年、あと2年残してもう現場を去ったという先生方も、小学校の先生ですけれども、なぜかというと、やっぱりこの学校で変化していく子どもたちにこれ以上向き合っていると自分自身がつぶれていくということで現場を去っていく本当にもったいないベテランの先生が何人もいらっしゃるんですね。

質疑全景1
ある中学校の先生から聞いた、これは地方都市の中学校の事例ですけれども、360人ぐらいの学校で、その学校、この1か月ぐらいで5件ぐらいやっぱりケアが必要な子どもさん、相談が来ているということで聞いたんですが、例えばその一人は中学2年生の女の子で、母親と再婚した義父、義理の父親と弟の4人家族で住んでいるけれども、義父の母親への暴力、DVにさらされていると。母親が殴られるのは自分が悪いからだ、例えば義理のお父さんは自分に対して、おふろの使い方が悪いだの、お皿の洗い方が悪いだの、服装はどうしたんだというふうに、もういろいろ、まあ父親なりの子ども像があるんだろうけれども、そういうしつけをされようとする。それに対して、やっぱり自分は自分で反発もあるし、行き過ぎたときに母親がそれを止めようとすると母親に父親が殴り掛かるということで、母親は殴られて、それを見ている弟は恐ろしくなって家を飛び出していったり、自分も自分が悪いから母親がこんなになるということをずっと思い詰めながら学校に来ているわけですね。何となく表情も変だから先生がどうしたのというふうに声を掛けると、その場でわっと泣き出して、そして事情をぽつぽつと話し出すというような子どもの例とか、それから、いきなり母親が父親の暴力によって鼻の骨を骨折するというようなことがあったり、それから父親が包丁を持ち出して母親に暴力を振るおうとするというような事例とか、それから両親がやはりこれも離婚して、母親は実家へ逃げ帰ってきている、父親に見付からないように毎日息を潜めて生活をしながら学校に通ってきている子ども。また、両親の不仲で、母親が子どものために我慢しているのを見て子どもは悩む。母親が子どものためにということで父親にいろいろ言われることを我慢して、そこで離婚しないでいるということに対して子どもが悩んでいる。また、両親が再婚して、母親がいないときは義父が怖くて、まあ性的虐待も多分危険を感じているんだと思いますが、自分の部屋にいつもかぎを掛けて部屋に閉じこもっているしかないというような、だから家にいてもゆっくりくつろげないと。そういういろんな事情を抱えて学校に来ている子どもが、この1か月で5件と言っていましたけれども、増えているということは容易に想像できるんではないかというふうに思います。

こういう学校の実態の中で、こういうことをどのように認識しているのか。そういうことがないとやっていることがずれてくるんではないかというふうに思うんですが、今のような子どもたちの現状について大臣はどのように認識していらっしゃいますか。
伊吹大臣
これは、先生、二つあると思いますね。当面、そういうひどい状況になっているのであれば、それが、先生もお断りになっていたように、日本すべてがそれだということではないけれどもということをおっしゃっておりますから、そういうひどい状態に対してどう対応していくかということが一つありますが、なぜそういう現象が学校で起こっているか。

今、御父兄のことをずっとおっしゃいましたね、義父だとかどうだとか。これは一種の社会現象なんですよね。大きな社会の病理、その病理の中での一つの表れが学校という現場に現れているわけですよ。この病理をどう直していくか。一番最初に先生が今読み上げてくだすった新聞のコラムをもう一度読み上げていただくとよく分かると思うんですが、個人主義的なということがずっと言われましたよね。その新聞のコラムに書いてありますね。正にそこを直さなければいけないんですよ。

ですから、現行の教育基本法とか現行の憲法というのは決して悪いものじゃないです。非常にいいことが書いてあります。しかし、いいものも時代が変わってくると、いいものだけですべてが解決できない。ちょうど、日本が余り食べるものがないときには、お肉を食べろ、牛乳を飲め、バターが栄養にいいということを再三言ってましたが、今それを食べ過ぎたらメタボリック症候群になり、そしてコレステロールがたまるからというときは新たなスローフードがやっぱり出てくるんですね。そのやっぱり社会の状況に合わせて教育基本法や諸法令をやはり変えて、6、70年掛けて今の病理が出てきたのはやっぱり6、70年掛けて返して元へ、いい方向へ持っていくという長期的な仕事と、それから当面どうするかという仕事と、二つにやっぱり分けて考えねばなりませんから。

例えば、これは不十分かも分かりません、それは御批判する立場からいえば不十分かも分かりませんが、ケースワーカーだとか何かも充実をしながら少しでも対応していこうというのが現実的な手法としてあるということです。
神本議員
私はちょっと今大変ショックなんですが、新聞コラムで紹介した、皆さんと呼び掛けても反応しない、個人名で呼ばれないと。これは個人主義ではないですよ。そうではなくて、やっぱり子どもたちが自分を大切にされているとか、自分に目を向けてほしい、されていると思いたいと。されていないと感じているから、だから学校に来ても、個人名で呼ばれたら安心できるし、以前に比べて先生にやっぱりだっこされたいとかスキンシップをしてもらいたいというような子どもたちが増えているんで、これは個人主義とかではないんですよね。

という認識で、そういう子どもたちが今様々な家庭や地域での生活の苦しみや悲しみを背負って学校に来ている。そういう状態に、学校は、これは家庭ですることだから家庭教育に任せるべきだとほうっておけないんですよね。そういうことを理解した上でないと授業が成り立たないという。学校は授業し教育するところですから、それを成立させるためにはその背負ってきているものにも対応しなければいけないという意味で、そのことを文部科学行政をするときに理解をしていただいているのかということを私は言いたいんです。

神本議員2
この前質問したときにも、先生方は様々な負担が増えて大変になっているというふうに大臣も理解していただいていたと思っていたんですけれども、理解していただいているその理解の中身がちょっと違うんじゃないかなというふうに今私は思いました。

もう一つ事例ですが、これは、いじめが起きて、そのいじめに対して、どんないじめかというと、ある子は過敏性大腸炎で1日に何度もトイレに行かなければいけないというふうな身体的な状況があって、学校でも。男の子です。で、トイレに行かなきゃいけない。しかも大便。男の子が大便所に行くということは、今中学校では非常に、何というか、その子にとっても大変なことだというふうに聞いていますけれども、それがおかしいとは思いますが、ある日その子が行ったら、ほかの子が後ろから、やっぱり授業中ですが、トイレと言って追い掛けていって、トイレの扉の上から水を掛けたらしいんですね。で、トイレでトラブル、つかみ合いになって、保健室に来て、保健室で事情を聞きながらそのケアをして、両方に対して指導しなければいけない。そして、そんなことはやってはいけないことだということを周りの生徒にも指導しなければいけない。しかし授業は進んでいる。授業をする人と、その場で対応しながらケアをする人と、そして周りの子への指導もどこかで時間を確保しなければいけないというような、これは一例ですけれども、そういったトラブルがあちこちで、あるいはいじめが発見されたときにそれに対応する時間と人がいないというような現状があるんですが、そういうことについてはどのようにお考えですか。
伊吹大臣
先生、その前にちょっとお断りしたいと思いますが、先生が先ほどお読みになった南、その……
神本議員
南日本新聞。
伊吹大臣
南日本新聞のお読みになった最初のところ、皆さんと言っても返事がないと、何々君と呼ぶ。しかし、その後ずっとあって、この個人主義的っていう文章があるんじゃないんですか。だから私申し上げたと思うんですが。もしなければ、私の聞き違いでお許しをいただきたいと思いますが。

質疑全景2
それで、今先生がおっしゃってるような個別の事案というのは、非常に私大切なことだと思います。それは何ら否定いたしません。しかし、それはやはりその現場で教師が対応していただかなければならない問題であって、ただ教師の力を超えるような、いろいろな制度的あるいは予算的制約があるというのであれば、それは都道府県教委やあるいは文科省がそれに対応しなければならないわけでして、個別の一つ一つの事案についてどう思うかということを国会でやり始めたら、これは、きめ細かくはやらなければいけませんけれども、やはり制度論、予算論、法律論を中心に、今先生がおっしゃってるような事案に対応していくやはりこの仕組みを考えていくというのが我々の役割なんじゃないかと私は思うんです。

ですから、温かい心を持ちながら、しかし冷静な判断を持って大局的に、そういう事案が起こっているからこういう人員が不足している、あるいはこういう予算がこうだからどうするんだということについて御質問があれば、私はそれにお答えしたいと思います。
神本議員
私は正にそれが言いたいんで、こういうふうに、いろんな問題が起きたときに対応できる人がいないと。

お話聞いたところでは、例えば中学校であれば、各学年に一人こういう問題に対応できる、みんな今授業に、教科を持っていますので、がちがちなんですね。で、こういう問題に即対応できる人がいないので、各学年に一人ずつ生徒指導なり生活指導、何でもいいんですけれども、専任で対応できる人が今必要だということがあるんですけれども、それについてはいかがですか。
伊吹大臣
ですから、それは国民負担との間のバランスで決めていることですからね。それから、学校現場で忙しいというのは、総論としては私はよく理解しているんです。それは時代の流れからいけば、当然学校の先生は大変だろうなと思います。

しかし今、いろいろな世論調査を見たり、あるいは保護者のお話を伺ったりして、学校の先生にこうしていただきたい、こういうことをしていただきたいということに対して、必ずしも納税者が満足をしていないから、バウチャーだとか選択制だとか免許制だとかどうだとかいろいろな問題が出てくるわけですから、これはやはり実態をよくつかまえて、そして、先生がおっしゃってることも一つの御意見として私は尊重します。しかし、全体的な調査でなるほどそうだと納税者が理解をしてもらった上で必要な措置は講じていきたいと思います。
神本議員
先生方が忙しいから、楽をしたいからではないんですよね。実際に目の前にいろんな寂しさや悲しみをかばんに詰めて学校に来ている、その子たちに対応しない、しないと授業ができない。そして、ほかの仕事に気を取られて子どもたちに目が行かなくなって、その結果いじめを見逃してしまったというような、常に自分の仕事と子どもたちのそういう生活背景との間でジレンマに陥っているので、本務なら本務で授業をきちんとできるように、そういういじめ問題などに、あるいは不登校で、本当に不登校の話も一杯あるんですけれども、これに対応できないそのジレンマの中で先生たちが今苦闘しているということを認識した上で、予算が足りないとかいろいろあると思います、無尽蔵に人が配置できるわけではない。

しかし、例えば、この前もちょっと紹介しましたが、東京大学の基礎学力開発センターが公立小中学校の先生方にアンケートを取ったら、今文部科学省がやっている教育改革、様々な教育施策は学校現場が今直面している課題にマッチしていないと、対応できていないというふうにはっきり答えている人が8割近くいるんですね。そういう総合的なことを考えて、現場の実態を見て行政をやっていただきたい、人も配置してほしい。先ほど言いましたように、現場ではとにかく人が欲しいというのが、これは私が言っているだけではなくて、多くの現場の校長先生たちがおっしゃっていることですけれども、それについてはいかがですか。
銭谷眞美・文部科学省初等中等教育局長
銭谷局長
銭谷局長
先ほど来るる先生からお話がございますように、学校の現場では子どもたちのそれぞれの家庭の問題ですとか、あるいは先生方の言わば指導体制の問題とか、いろいろな課題を抱えながら取り組んでおられることは私どもも承知をいたしております。

基本的に私どもといたしましては、学校というのは学習指導、生徒指導、こういうものが車の両輪として運営をされていくわけでございますので、基本的に学習指導に必要な教職員の確保及び生徒指導に必要な教職員の確保並びに協力体制の確立ということを実情を把握をしながら行政として取り組んでいかなければならないと思っております。

基本的には、生徒指導に関しましては、問題を抱える学校に対します加配教員の配置でございますとか、あるいは非常に問題が起きた場合には、教育委員会からの指導主事の派遣等による支援とか、いろいろな措置を講じているところでございます。また併せて、子どもたちの悩みにこたえられるような教育相談の充実という観点から、養護教諭の配置改善あるいはスクールカウンセラーの充実といったようなことにも取り組んできているところでございます。

それぞれの学校によりましていろいろな事情があろうかと思います。現場を抱える教育委員会がそういうところを十分判断をして、国として講じておりますそういう教職員定数の中で適正に取り組んでいただけるということを私ども期待しているわけでございます。

なお、先ほど来のお話の中で、やはりこれまでのいじめの問題を含みます子どもの問題について、私ども文部科学省のこれまでの対応について反省すべき点は何かということもございましたが、先ほど大臣の方からもお触れをいただきましたけれども、やはり各学校から上がってくる数字をそのまま集計をしていたという私どもの実態把握の甘さということは、私どもこれは十分に反省をしなきゃいけないと思っておりまして、実態把握につきましては、今後専門家の御意見もよく聞いて、その方法について改善を加えていきたいというふうに思っているところでございます。

また、学校における姿勢につきましても、いじめの問題が少ない方がいいということではなくて、いじめはどの学校でも起こり得ると、どの子どもにも起こり得るということで、むしろそういう問題が起きたときにそれをいかに取り組んで解決に向けて努力をしたか、その方がいじめの件数の多寡よりも大事なことであるということは既に平成8年以前から私ども強調しているところでございますけれども、今回もまたそのことについては徹底を図っていきたいということで今指導を行っているところでございます。
神本議員
ああいうことも、こういうことも、いろんなことをやって精一杯努力しておりますということは分かりますけれども、例えばスクールカウンセラー1人配置にしても、今、この前も聞きましたら、配置率は75.何%、中学校ですね。そしたら、あと25%、100%にすればいいのかというふうについ思いがちですが、実際に配置されているのは週に1回、何時間かなんですよね。これでこのカウンセラーが本当にその学校の、いろんな課題を抱えて相談に行きたいという子が相談に行けるのか、あるいは相談に行ったその子がその後どういう日々、生活をしているかということをカウンセラーが把握できるのかという実効性から見ると、本当に言葉で言っているだけでは駄目なんですよ。

もちろん、予算の限界分かります。しかし、金を子どもたちにもっと掛けようというぐらいの決断をしないと、もうあれもこれもいろいろやっていますから、先生おっしゃること分かるけれども、限界があるんですということでは駄目なんじゃないかということを改めて申し上げて、時間がありませんので今日はこれで質問を終わりたいと思います。
ありがとうございました。
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